聖地を汚す者
2002年8月20日図書館は聖地だ。
そう考えている人はごく少数だと思うが、少なくとも本好きを自称する私にとって、図書館は聖地に他ならない。
デイケアと診察の帰り道、返さなくてはならない本や借りたい本があったので図書館に寄って来た。
まず、前回借りていて読み切れなかった本を一旦返却し、それらを脇に抱えお目当ての本探しに入る。
新生HPスタートに向けての写真撮影や加工作業をする必要に迫られていたので、写真関連の書籍が並ぶ書架へと足を向ける。
やはり独学のみで早急に技術を磨くのは難しい。うまくなりたいのなら、やはりプロのテクニックを参考にすべきだろう。
デジカメ撮影テクニック関連の本を数冊斜め読みする。やはりデジタル機器関連の本となると、図書館に置いてあるそれは比較的古いものが多く、しかも全編モノクロだったりして肝心の色調がさっぱり見えてこない。
それでも参考になる記述がいくらかあったので、書架の前に立ちっぱなしのまま、とある一冊のデジカメ関連本を読み耽っていた。
その時だ。隣の書架、「写真」「美術」「芸術」などのコーナーを眺めていた二十台前半位とおぼしき男が、私の読み耽っている本の表紙をじっと見つめているのに気が付いた。
この人は、ひょっとしてこの本が読みたいんだろうか。それとも私が立ち読みしているのが邪魔で、お目当ての書架にじっくり目を通せないのだろうか。
そんな想いが頭をかすめたので、反射的に邪魔にならぬよう少し隅の位置に移動した。
そうすると、男が声を掛けてきた。
「写真好きなの?」
この人はひょっとして同胞だろうか。即ち、同じ写真好き仲間なのだろうか。だから私に声を掛けたのか?もしそうだとしたら嬉しい。私には実生活で写真好きの仲間がほとんど居ないのだ。しかも年代の近い人となるとことさらだ。写真談義で盛り上がったり、色々とテクニックを伝授してもらえるかもしれない。
「デジカメで写真撮るの好きなんですよ。あと加工とかしたりもしてます」
そう答えた私の声は明るかった。ここから写真談義に発展するかもしれないという期待感があったからだ。
「え、何歳?」
「18です」
「何やってるの?」
「仕事とかって事ですか?」
「うん」
「今はバイト探し中です。っていうか無職みたいなもんかな(笑)。ちょっと前まで通信制大検予備校生だったけど、大検も受かったっぽいしもう予備校の方からはほぼ除籍されてるんじゃないかなぁ」
男はそうなんだ、とうなづいて、どこの高校に通っていたかとか、色々な質問を投げ掛けて来た。
私もすっかり相手が写真や芸術好きだと思い込んでいたので、一つ一つの問い掛けに笑顔で答えていた。
「写真とか芸術とか好きなんですか?」
私の方から問い掛けてみた。
ところが男の返答は私の期待を裏切るものだった。
「いや、別に特に好きって訳じゃないんだよね」
何だか落胆してしまった。
「じゃあどうしてこのコーナーに?」
「いや、ちょっと用事があってね」
この時点で男に対する興味は殆ど薄れていた。しかし男は更に話し掛けて来る。
「これから何か予定あるの?」
ナンパだ。この男の目的は単にナンパだったのか。もうこんな奴とはさっさとおさらばしたい。
「いや、これから帰って写真の加工とかする予定ですけど」
もう私の言葉のトーンは冷たかった。
「じゃあ暇って事だね」
何が「暇」だ。膨大な枚数の写真のレタッチや加工に掛かる手間が、いかに大きなものであるかなんてこの男にはわからないだろう。それにこの日記の更新や裏日記への書き込み、HPのBBSのレス返し・更新、メールチェックやその返信、必要なデータをCD-Rに移す作業、ウェブデザインの勉強、日頃からよく訪れているHP回りなど、PC関連だけでもやる事は沢山あるのだ。その他にも、こんな男に費やす時間があるならその分を読書や音楽鑑賞、DVD・VHS鑑賞、小説執筆や作詞作曲・歌の練習など趣味に充てたいところだ。
「これからどっか行かない?」
やはり男はお決まりの台詞を吐いた。
「いや、私これから他にも見たい本とかあるんで時間掛かりますよ?あ、それにナンパとかならお断りですよ。彼氏居るし」
わざとらしく左手の薬指のペアリングを見せ付けてやる。
「ナンパじゃないって(笑)。こんなとこでナンパしてどーすんだって」
誰がどう見たって明らかにナンパだろう。そしてお前の言う通り、私にとって神聖な場所である図書館でナンパしようとしているお前の神経がどうかしている。
「でも一応彼氏居るし、男の人と二人きりになる時はなるべく彼氏の許可取ってからにする事にしてるし」
「じゃあT公園一周っていうのは?それだけなら別にいいでしょ?」
「まぁ、そんなに時間取んないっていうならいいですけど、私これからスタイルシートの本探して、雑誌コーナー行って、CD見て、あと探してる本あるんで検索したりするんでかなり時間掛かりますよ?」
本当はこんな男からはさっさと離れたい。うっかり社交辞令も出てしまったが、これだけ時間が掛かる事を強調しておけば男も諦めるだろう。それに私は実際、本を探すために図書館に来ているのだ。お前と遊ぶために来ている訳ではない。図書館を訪れた者が心ゆくまで本を物色するのは当たり前の事ではないか。
到底本好きとは思えぬ男は、こういった私の感覚を理解出来るはずもなく、仕舞いには私を急かしだした。
「そんな事T公園一周してからでも出来るじゃん。ほら、早く!早くぅ〜!」
うるさい。黙れ。そして去れ。お前とT公園を一周している分だけ、私の本を物色する時間が減るのだ。それに下手したら図書館は閉館時刻を迎えてしまうかも知れない。それこそ何の為に図書館に来たのかわからなくなってしまうではないか。お前一人で勝手に一周なり三周なり百周なりすれば良いのだ。
「いや、だから私今見たい本沢山あるんですってば。そうやって急かすのやめてもらえません?」
今度こそきっぱりと言った。男は多少なりとも諦めたのか、
「じゃ、好きに見てていいよ。俺待ってるからさ」
と言い残して、何処かへ消えて行った。
本を借りて図書館を出る頃には、男の姿はもう何処にも見えなかった。やはり手っ取り早く遊ぶ相手を探していただけだったのだろう。
それにしても私にとっての「聖地」である図書館でナンパとは、許しがたい行為だ。図書館は本を読んだりCD・VHS・LD・DVDを鑑賞する場であり、それらを借りて家で読んだり視聴するための場であり、知識を仕入れる場であり、勉学に励み、時にゆったりとくつろぐ場なのだ。
同じ作家が好きそうだ、同じジャンルに興味がありそうだといった理由で話し掛けられたり、通いなれていそうなのでお目当ての本の場所を尋ねられたり検索機の操作の説明を求められたりする分には、私個人に限定して言えば全くノープロブレムだ。むしろ、稀ではあるがそういったきっかけで話し掛けられたりするとこちらとしても大変嬉しく思う。しかし、大した用事もなくナンパ目的で声を掛けて来る人間というのは、私にとって聖地を汚した者にしか見えない。本好きで図書館通いを日課としているような人なら、こういった感覚や、私が憤慨する理由も何となく判るのではないかと思う。
ちなみに、今日図書館から借りた本・CDは以下の通りだ。
●京極彦夏『魍魎の匣』
●土屋賢二『ソクラテスの口説き方』
●土屋賢二『ツチヤの軽はずみ』
●手塚治虫『ブッダ 4巻』
●手塚治虫『ブッダ 5巻』
●隔月刊 漫画『ガロ』2001年12月号
●隔月刊 漫画『ガロ』2002年4月号
●河西朝雄『新改訂版 ホームページを飾る JavaScript入門』
●『アドビ公式トレーニングブック Adobe Photoshop5.0 フォトショップ教室5.0』(CD-ROM付き)
●『アドビ公式トレーニングブック Adobe Illustrator8.0 イラストレーター教室8.0』(CD-ROM付き)
●斎藤和義『FIRE DOG』(CDアルバム)
アドビのトレーニングブックは、現在私が使用しているバージョンより1バージョンずつ下のものしか無かったのだが、まぁ大差はないだろう。
それにしても、最近はこういった軽いものしか読めなくなって来てしまった。一連の無気力症状のせいだろうか。
そういえば今日は診察の際に抗鬱剤の量を増やされた。やはり無気力感の強い抑鬱症状が悪化していると判断されたのだろう。
今日のデイケアは人数も少なく、私が平素よく話をする人も殆ど居なかった。なので、デイケアで飼育されているリクガメ「パトリシア」(命名は私による)の写真を撮ったり、ポスターカラーで画用紙に人物画を描いたりしていた。
無気力症状に襲われてもなお、なんだかんだ言って私に出来る事は創作活動や知識あさりくらいだ。そんな理由もあって、軽いものしか読めなくなってもなお、図書館は私の聖地であり続けるだろう。
そして聖地を汚す者には軽蔑の眼差しを向け続けるだろう。
しかし、己にとっての聖地。そんな場所が一つぐらいあっても構わないと思う。
そこは図書館でも、自室でも何でもいい。日常の中の聖地は、精神面でのカタルシスに於いて意外と重要なファクターを占めているのではないだろうか。
そう考えている人はごく少数だと思うが、少なくとも本好きを自称する私にとって、図書館は聖地に他ならない。
デイケアと診察の帰り道、返さなくてはならない本や借りたい本があったので図書館に寄って来た。
まず、前回借りていて読み切れなかった本を一旦返却し、それらを脇に抱えお目当ての本探しに入る。
新生HPスタートに向けての写真撮影や加工作業をする必要に迫られていたので、写真関連の書籍が並ぶ書架へと足を向ける。
やはり独学のみで早急に技術を磨くのは難しい。うまくなりたいのなら、やはりプロのテクニックを参考にすべきだろう。
デジカメ撮影テクニック関連の本を数冊斜め読みする。やはりデジタル機器関連の本となると、図書館に置いてあるそれは比較的古いものが多く、しかも全編モノクロだったりして肝心の色調がさっぱり見えてこない。
それでも参考になる記述がいくらかあったので、書架の前に立ちっぱなしのまま、とある一冊のデジカメ関連本を読み耽っていた。
その時だ。隣の書架、「写真」「美術」「芸術」などのコーナーを眺めていた二十台前半位とおぼしき男が、私の読み耽っている本の表紙をじっと見つめているのに気が付いた。
この人は、ひょっとしてこの本が読みたいんだろうか。それとも私が立ち読みしているのが邪魔で、お目当ての書架にじっくり目を通せないのだろうか。
そんな想いが頭をかすめたので、反射的に邪魔にならぬよう少し隅の位置に移動した。
そうすると、男が声を掛けてきた。
「写真好きなの?」
この人はひょっとして同胞だろうか。即ち、同じ写真好き仲間なのだろうか。だから私に声を掛けたのか?もしそうだとしたら嬉しい。私には実生活で写真好きの仲間がほとんど居ないのだ。しかも年代の近い人となるとことさらだ。写真談義で盛り上がったり、色々とテクニックを伝授してもらえるかもしれない。
「デジカメで写真撮るの好きなんですよ。あと加工とかしたりもしてます」
そう答えた私の声は明るかった。ここから写真談義に発展するかもしれないという期待感があったからだ。
「え、何歳?」
「18です」
「何やってるの?」
「仕事とかって事ですか?」
「うん」
「今はバイト探し中です。っていうか無職みたいなもんかな(笑)。ちょっと前まで通信制大検予備校生だったけど、大検も受かったっぽいしもう予備校の方からはほぼ除籍されてるんじゃないかなぁ」
男はそうなんだ、とうなづいて、どこの高校に通っていたかとか、色々な質問を投げ掛けて来た。
私もすっかり相手が写真や芸術好きだと思い込んでいたので、一つ一つの問い掛けに笑顔で答えていた。
「写真とか芸術とか好きなんですか?」
私の方から問い掛けてみた。
ところが男の返答は私の期待を裏切るものだった。
「いや、別に特に好きって訳じゃないんだよね」
何だか落胆してしまった。
「じゃあどうしてこのコーナーに?」
「いや、ちょっと用事があってね」
この時点で男に対する興味は殆ど薄れていた。しかし男は更に話し掛けて来る。
「これから何か予定あるの?」
ナンパだ。この男の目的は単にナンパだったのか。もうこんな奴とはさっさとおさらばしたい。
「いや、これから帰って写真の加工とかする予定ですけど」
もう私の言葉のトーンは冷たかった。
「じゃあ暇って事だね」
何が「暇」だ。膨大な枚数の写真のレタッチや加工に掛かる手間が、いかに大きなものであるかなんてこの男にはわからないだろう。それにこの日記の更新や裏日記への書き込み、HPのBBSのレス返し・更新、メールチェックやその返信、必要なデータをCD-Rに移す作業、ウェブデザインの勉強、日頃からよく訪れているHP回りなど、PC関連だけでもやる事は沢山あるのだ。その他にも、こんな男に費やす時間があるならその分を読書や音楽鑑賞、DVD・VHS鑑賞、小説執筆や作詞作曲・歌の練習など趣味に充てたいところだ。
「これからどっか行かない?」
やはり男はお決まりの台詞を吐いた。
「いや、私これから他にも見たい本とかあるんで時間掛かりますよ?あ、それにナンパとかならお断りですよ。彼氏居るし」
わざとらしく左手の薬指のペアリングを見せ付けてやる。
「ナンパじゃないって(笑)。こんなとこでナンパしてどーすんだって」
誰がどう見たって明らかにナンパだろう。そしてお前の言う通り、私にとって神聖な場所である図書館でナンパしようとしているお前の神経がどうかしている。
「でも一応彼氏居るし、男の人と二人きりになる時はなるべく彼氏の許可取ってからにする事にしてるし」
「じゃあT公園一周っていうのは?それだけなら別にいいでしょ?」
「まぁ、そんなに時間取んないっていうならいいですけど、私これからスタイルシートの本探して、雑誌コーナー行って、CD見て、あと探してる本あるんで検索したりするんでかなり時間掛かりますよ?」
本当はこんな男からはさっさと離れたい。うっかり社交辞令も出てしまったが、これだけ時間が掛かる事を強調しておけば男も諦めるだろう。それに私は実際、本を探すために図書館に来ているのだ。お前と遊ぶために来ている訳ではない。図書館を訪れた者が心ゆくまで本を物色するのは当たり前の事ではないか。
到底本好きとは思えぬ男は、こういった私の感覚を理解出来るはずもなく、仕舞いには私を急かしだした。
「そんな事T公園一周してからでも出来るじゃん。ほら、早く!早くぅ〜!」
うるさい。黙れ。そして去れ。お前とT公園を一周している分だけ、私の本を物色する時間が減るのだ。それに下手したら図書館は閉館時刻を迎えてしまうかも知れない。それこそ何の為に図書館に来たのかわからなくなってしまうではないか。お前一人で勝手に一周なり三周なり百周なりすれば良いのだ。
「いや、だから私今見たい本沢山あるんですってば。そうやって急かすのやめてもらえません?」
今度こそきっぱりと言った。男は多少なりとも諦めたのか、
「じゃ、好きに見てていいよ。俺待ってるからさ」
と言い残して、何処かへ消えて行った。
本を借りて図書館を出る頃には、男の姿はもう何処にも見えなかった。やはり手っ取り早く遊ぶ相手を探していただけだったのだろう。
それにしても私にとっての「聖地」である図書館でナンパとは、許しがたい行為だ。図書館は本を読んだりCD・VHS・LD・DVDを鑑賞する場であり、それらを借りて家で読んだり視聴するための場であり、知識を仕入れる場であり、勉学に励み、時にゆったりとくつろぐ場なのだ。
同じ作家が好きそうだ、同じジャンルに興味がありそうだといった理由で話し掛けられたり、通いなれていそうなのでお目当ての本の場所を尋ねられたり検索機の操作の説明を求められたりする分には、私個人に限定して言えば全くノープロブレムだ。むしろ、稀ではあるがそういったきっかけで話し掛けられたりするとこちらとしても大変嬉しく思う。しかし、大した用事もなくナンパ目的で声を掛けて来る人間というのは、私にとって聖地を汚した者にしか見えない。本好きで図書館通いを日課としているような人なら、こういった感覚や、私が憤慨する理由も何となく判るのではないかと思う。
ちなみに、今日図書館から借りた本・CDは以下の通りだ。
●京極彦夏『魍魎の匣』
●土屋賢二『ソクラテスの口説き方』
●土屋賢二『ツチヤの軽はずみ』
●手塚治虫『ブッダ 4巻』
●手塚治虫『ブッダ 5巻』
●隔月刊 漫画『ガロ』2001年12月号
●隔月刊 漫画『ガロ』2002年4月号
●河西朝雄『新改訂版 ホームページを飾る JavaScript入門』
●『アドビ公式トレーニングブック Adobe Photoshop5.0 フォトショップ教室5.0』(CD-ROM付き)
●『アドビ公式トレーニングブック Adobe Illustrator8.0 イラストレーター教室8.0』(CD-ROM付き)
●斎藤和義『FIRE DOG』(CDアルバム)
アドビのトレーニングブックは、現在私が使用しているバージョンより1バージョンずつ下のものしか無かったのだが、まぁ大差はないだろう。
それにしても、最近はこういった軽いものしか読めなくなって来てしまった。一連の無気力症状のせいだろうか。
そういえば今日は診察の際に抗鬱剤の量を増やされた。やはり無気力感の強い抑鬱症状が悪化していると判断されたのだろう。
今日のデイケアは人数も少なく、私が平素よく話をする人も殆ど居なかった。なので、デイケアで飼育されているリクガメ「パトリシア」(命名は私による)の写真を撮ったり、ポスターカラーで画用紙に人物画を描いたりしていた。
無気力症状に襲われてもなお、なんだかんだ言って私に出来る事は創作活動や知識あさりくらいだ。そんな理由もあって、軽いものしか読めなくなってもなお、図書館は私の聖地であり続けるだろう。
そして聖地を汚す者には軽蔑の眼差しを向け続けるだろう。
しかし、己にとっての聖地。そんな場所が一つぐらいあっても構わないと思う。
そこは図書館でも、自室でも何でもいい。日常の中の聖地は、精神面でのカタルシスに於いて意外と重要なファクターを占めているのではないだろうか。
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