花火待ち

2002年8月14日
花火を見ると、ようやく夏が来たという気分になるのは私だけだろうか。

海、祭り、花火。私を「夏」という空間に連れ込んでくれるもの。日本的な四季の伝統感覚が、知らず知らずのうちに私の中に染み込んでいるのだろうか。

彼は二時前にうちへやって来た。車内をブルーで統一した愛車で。乗っていると、ちょっとかっこいいホームページの中を探索しているみたいだといつも思う。私は車には詳しくないし、自動車免許すら持っていないけれど、彼の車に乗ると車にこだわる人の気持ちが少しわかる気がする。

私は化粧が終わらない。こんな日に限って眉がうまく描けない。マスカラがはみ出して瞼につく。それをいちいち綿棒で取るから、更に時間が掛かる。

二時を少し過ぎて、ようやく彼の車に乗る。バイトの面接が、二時半からある。その前に写真屋に寄って、昨日撮った証明写真を取ってこなくてはならない。

彼が急かす。私も焦る。

写真はすぐに取って来る事が出来た。移動中、履歴書に写真を貼る。少しぼやけた、作られた私の顔。これが私という人間を証明するのだとしたら、ちょっと悲しい。

面接はすぐに始まった。明るく、ハキハキと、簡潔・明朗に。質問事項があれば小さな事でもきちんと聞いておく。背筋の曲がりがちな私は、きちんと背筋を正そうと終始留意していた。
そんな当たり前の事を心掛けていると、何だか採用されそうな雰囲気になって来た。

病院がお盆休みに入る。今日中に診察を済ませておかなければ薬が切れてしまう。あらかじめ予約してあったが、随分待たされそうだ。彼にそう言うと、一旦家に帰って待っていると言った。何だか申し訳ない。

意外にも診察の順番はすぐに回って来た。先生に、大検合格を告げようと思って切り出そうとすると、他の患者さんやスタッフの人を通じて既に知っていると言って笑った。
もう鬱の期間は去った。風邪を引いた時、知らず知らずのうちに「治ろう、生きよう」と身体が悟ったのかも知れない。あれほどまでに私を誘惑していた「死」の文字も、何処かへ消えてしまった。
でも、薬の処方はほとんど変わらなかった。抗鬱剤を、飲み続けていないと急に鬱に入る事がある。睡眠薬で眠る事が習慣化した私が急に睡眠薬を断つと、反跳不眠を起こしたり、熟睡出来ずにストレスがたまる可能性がある。

診察が終わってから、デイケアに顔を出す。仲の良い子と、新しく入った一つ年下の子と話をして盛り上がる。3人で一緒にプリクラを撮って来た。

彼が薬局の前まで迎えに来てくれた。車なら、河原はそんなに遠くない。車を停めて河原まで二人で歩く。
まだ花火は上がらない。時間はありあまるほどある。売店でビールと食べ物を買って、二人で河原の石段に座って乾杯した。

川を見ると何だか安心するのは、私が川の多いこの街で育ったせいだろうか。

オープニングセレモニーと銘打って、地元の小学生によるブラスバンド演奏が始まる。音がスカスカで、室内・屋外どちらにしてもそんなに練習していないのがばればれだ。指導者にもあまり力量がない。小学生の頃、ユーフォニウムを吹いていた私にはすぐわかる。

アルコールに弱い私は赤くなる。空も赤くなる。赤くなって、濃紺になって、夜の色になる。

冗長なオープニングセレモニーはまだ続く。時代遅れなパラパラ、退屈なおばさん達のフラメンコ、聞き苦しいアカペラソング。

地元青年団による太鼓演奏が終わって、ようやく花火が上がった。

夏だ。

花火はそんなに大きくない。不似合いなシンセサイザーミュージックも流れっ放しだ。でも、長い時間待ってようやく夜空に咲いた花火は、感動すら覚えるほど綺麗だった。

写真を撮る。でも、もったいない。生で見た方が綺麗だ。

地元主催の小さな花火大会は、すぐに終わってしまった。

彼と夜景を見に行く。足元が暗い。彼に手を引いて貰って、携帯のバックライトを懐中電灯代わりに進む。

夜景はあった。小さいと思っていたこの街にも、こんなに沢山の灯りがあった。この一つ一つが家々の灯りだとすると、そこに一家族、一人一人の生活があって、それぞれの生活のにおいがあるんだ。
小さな頃読んだ、『ビルのふうせんりょこう』という絵本があった。ベッドにたくさんの風船をつけたビルは夢が叶って空を飛べて、ビルが上空から眼下の景色を見渡す挿絵が描いてあった。そこに描かれていた家々は牛乳パックみたいだった。
みんな、小さな牛乳パックのような箱に押し込められている。高い所から街を見下ろす時いつもそんな事を考えてしまうのは、あの絵本のせいだろうか。

そんな事を彼に話すと、文学的だとかなんとか言って彼は笑った。

彼の家に行った。私はなんだか眠くなってしまって、彼のベッドで少し眠った。家に帰ると夜中の3時だった。

睡眠薬を飲んで、更にスニッフして眠ったので眠る前の記憶が少し飛んでいる。睡眠薬は健忘を起こす。でも、今日見た花火と、夜景と、彼の顔は忘れることがないだろう。

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