女の子を好きになったことがある。

こう書くと驚かれる方も多いかも知れない。
が、「恋愛」の定義なんて実に曖昧なものだ。しかも現代の一般的な「恋愛」観との類似性がみられる「恋愛」概観は、中世ヨーロッパ文化を発端とし、実際に広く社会に浸透し始めたのはなんと19世紀頃である。中世を遠く過ぎてからのことだ。
日本史と照合してみると、中世ヨーロッパ以降にあたるのは室町幕府以降の時代である。しかし日本において「恋愛」という概念が初めて歴史上に登場するのは明治時代、そして一般に浸透し始めたのは明治20年代以降のことである。

何故、斯様にラブソングが巷に溢れ、多くの若年層は恋愛の事ばかり考えていたりするのか。そもそも「恋愛」というのは人間が作り出した、いわば願望充足に向けての補佐的役割とも言える「病」の一つであるという事を知らないのか。

歴史的な観点から見ると、日本に於いて恋愛が「病まれる」ようになってからそう長くはない。
しかし人々は、どうもこの新しい病の虜になってしまったようだ。


と、こんな事を書いている私であるが、ご多分に漏れずちゃっかり彼氏がいたり、実らずに終わったものも含め、沢山恋をした。

しかし常に根底で変わらずにいるのは、「『恋愛』とはただの概念の名称である」という事だ。

つまり、特定の感情を表す際に用いる、表記の一部のように考えている。

感情に付けられた名前なんてゴミ箱に投げ捨ててしまえばいい。
「悲しい」という言葉が失くなったからといって人は悲しみを失う訳では無い。「感動」という言葉を知らなくても、人間はやはり感動する時があるのだ。

こんなにまで感情を表す言葉が氾濫しているのは何故だろう。
恐らく、人間は「判らない」という状態を恐れる存在であるからだと思う。これから買おうとしている物が何だか訳の判らない物だったら不安だろうし、他人が自分をどう思うか判らないという不安から、対人関係に悩んだり、流行を追いかけたりする人が後を絶たないのだろう。

私は、名付けられぬままでいたい。
名付けられた感情は時に自身の「生」の感情まで固定してしまう。
深く考えもせずに「悲しい」と言えば本当に悲しくなってしまう時もある。
名付けられぬままの感情でいたい。
そこに不安感がないと言ったら嘘になるが、伝達手段としての「言葉」に、生の心まで規定されてしまうよりはましだ。
言葉なんて矛盾の塊だ。
そもそも言葉を過信して、さもその言葉を聞いただけで本質を理解した気でいる方が間違っているのだ。
言葉なんてただの「伝達手段」に過ぎないのだから。
自分と他者の「言葉」のフォーマットが違うのは自明の理であると言ってよい。

前述のような思念を持つ私は、恋愛に関しても「恋愛」という言葉によって拘束されるのを拒む傾向がある。
男だ、女だ、年下だ、年上だの、そんな事にとらわれているのは馬鹿馬鹿しい。
何と説明すれば良いのだろう、自分と「波長が合う」と感ぜられた人間は、恋愛なんて言葉を通り越して、まず人間的に好きになる。
相手に拒まれさえしなければそのまま友達になったり、更に感情が募ればそれが恋愛(この箇所以降、他に適当な言葉が思いつけないので、便宜上暫定的に「恋愛」という表現を使っている)に発展する事もある。

人間として尊敬出来るか、自分と波長が合うか。この二つが私の中に恋愛感情を芽生えさせたり、友人や知人として好きになったりする上での大きなキーポイントになる。

これらのキーポイントに当てはまった人々の中に、今日から泊めて貰う事になった女友達Rがいる。
彼女とは高校時代からの友人であり、当時から私はRに対して、いつの間にか恋愛感情のようなものを抱いていた。

今でも人間として尊敬しているし、こんなに波長の合う友人はもう一生出来ないかも知れないと思っている。
Rに対して、現在は高校在学当時ほど強い恋愛的な感情を抱いている訳では無いが、それでもやはり上記のような気持ちに変わりはない。

ちなみに、言うまでもなく現在恋愛対象として意識しているのは彼氏だけだ。
何億分の一だとか数学的な部分に興味は無いが、とても信じられないような確率で偶然に出会い、今こうしてお互いに心が通い合っているというのは凄い事だと思う。私は殆ど無宗教だが、仮に何らかの神を信奉するとすれば、それは「偶然」という神であろう。

これは何も恋愛や対人関係に限らず、日頃から私がしばしば思い出す、自作の座右の銘のようなものだ。勿論、Rやその他私にとって大切な人々と出会えた事も、偶然という名の神に感謝の念を奉げたい。

今日は大検の本試験の前日で、母より「前日から札幌(私の受験地)に行って会場の下見をしておいたほうが良い」とのご提言を頂いた事もあり、ろくすっぽ勉強もしないままRの家に転がり込んだ。

Rのお父さんは政治家で、仕事の関係で旭川(私の現在の居住地)と札幌を頻繁に往復している。その為Rの家というのは元々お父さんが持っていた豪華な高層マンションの一室で、私がR宅にお世話になっていた間もRのお父さんが滞在しておられた。日中は流石に忙しいらしく、朝と夜しか顔を合わせられなかったが。

Rは博識で、殊に生物や科学全般、心理学、その他挙げていけばきりがない程膨大な知識を持っている。
本棚には科学雑誌『NEWTON』や別冊宝島シリーズ、『危ない一号』シリーズ、熱帯魚関連の本、ユングやフロイトの本、小説、実用書、写真集、生物の骨格標本の写真の本なんかがズラーっと並んでいたりする。
絵を描かせても上手い。特に生物の絵が得意で、私が高校時代初めてRと話した時、Rはプリントの切れ端に馬の絵を描いていたように思う。

最近のRは、以前から興味のあった水生生物にますます凝り出した様子で、現在は大学に通う傍ら熱帯魚ショップでバイトをし、部屋では目をみはる程豪華な水槽に、沢山の熱帯魚が悠々と泳いでいた。照明も水質管理もゆきとどき、メインの水槽の他にも、大きいものから小さいものまで沢山の水槽があった。
使われていない水槽もあったが、ほぼ全ての水槽に熱帯魚やエビ、新たに生まれた稚魚、餌用の糸ミミズなんかが入っていた。メイン水槽の下のラックには、飼育管理用の用具等がびっちり詰め込まれていた。

興味津々な私に、Rは魚の種類やその希少性等について一つ一つ解説してくれた。Rも専門分野だけあってか、やや興奮気味に話していた。

試験会場の下見に行き、帰りにRと食料品を買って来て、二人でそれをつまみつつ話をしたりしているうちに夜が更けて来た。

試験日は明日だ。勉強を始める事にした。ほぼ一夜漬け状態である。

テオフィリンという、カフェインによく似た構造を持つ薬がある。
これは主に喘息の治療に用いられるもので、軽い喘息持ちの私はこのテオフィリンの錠剤を持って来ていた。
現在、私の喘息はごく軽いものだ。飲まないと発作が起きるなんて事はない。では何故持ってきたのかというと、これを飲むと私の場合、何故か集中力が付き、やる気に満ち溢れ、テンションが上がり、眠気が飛ぶのだ。
まぁ、カフェインにも同様の効果があるとされているが、どうも私の体にカフェインはさほど合わないのか、カフェインだと妙な焦燥感に襲われたり、テオフィリン程の効果が得られなかったりする。

テオフィリンを飲んで勉強を開始する。予定していたスケジュール通りの大まかな演習は、何とか終える事が出来た。少し眠った方が良いかと思ったが、時間的にももう余裕が少なかったので寝坊するのが恐かったし、テオフィリンの所為で眠気がすっかり飛んでいたので、そのまま起きている事にした。

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